秀でた感覚・こころみ学園・武雄三樹物語

辻井信行さん、快挙!!
インタビューに答えておられる辻井さんの笑顔が、とっても素敵だった。

辻井さんのWeb Siteにて、プロフィールを読ませていただたいた。
そして、アップされていた曲をすべて視聴した。 心に染み入る音色だった。
過大な言葉を並べると、返って安っぽい感想になってしまうので、やめておく。

さすがだなと思ったのは、Web Siteの中に「全盲」という文字が書かれていないこと。
隠したいからじゃない。純粋に、ピアニストとしての評価をしてほしいからなんだと思う。
・・・というより、彼にとって「全盲」って言葉は、身体の一部の在り方を表す二文字に過ぎないのかも。
辻井さんプロ意識の高さと、そこにたどり着くためのたゆまぬ努力が成した快挙だと思う。。
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昨夜のTVニュースの中でこころみ学園」の取り組みが取り上げられていた。
特殊学級の中学生たちによって開墾された葡萄畑、自立をめざしてつくられたワイン醸造場。
想いを込めて作られているここのワインはをもうならせるほどの美味しさなのだそうだ。

取材の中で、越知真智子施設長がこうおっしゃった。
情けで買ってもらった商品にはリピーターはつかないでしょ。
 でも本当においしければ、また買ってもらえる。
 『このワインがおいしいから、また買ったよ。』と言ってもらえるのが、私達は本当に嬉しい


辻井さんがピアノにかける熱意に通じるお話だと思った。

最近よく耳にするフェアトレードの信念にも似ている、と思った。(先進国の思い上がりな援助じゃなく、
発展途上国の可能性を存分に生かす活動だ、と私は認識している。)

こころみ学園のことは、佐賀新聞の記事で知った。
記事を書かれた賢さんは、栃木にあるこころみ学園まで足を運ばれたそうで、
取材に基づいた確かな内容をこれまでの有明抄に何度か書いていらっしゃる。

賢さんは論説委員長になった今でも「取材は足で」をモットーにしておられるそうだ。
賢さんの熱くて、かつ冷静な姿勢は、以前に拝聴した講演の中でもひしひしと伝わってきた。
だから私は賢さんの、ぐらつきのない記事を読むのがとても好きだ。

その賢さんが、本日6月10日付、佐賀新聞有明抄にて書かれているように、
なんらかのハンディキャップ(→だと世間的には称されているもの)を乗り越えて、
自分の道を切り開いた人たちがいる。

私の友人にもそんな仲間がいる。

例えば大学時代に出会った、旅とマラソンが大好きなNさん。生まれてすぐ、全盲になったそうだ。
最初にこの人の趣味を聞いた時には「見えないのに、旅がすきなの?」なんて愚問がよぎったが・・
Nさんは、視覚以外のすべての感覚をフルに生かし、本当に、心から旅とマラソンを満喫している。
Nさんが感じる旅先の空気や匂い、人の息遣いの話を聞くたびに、羨ましささえ覚えたものだ。

Nさんを通じて知り合ったSさんは、歌が抜群にうまかった。 Sさんも全盲。
ピアニストの辻井さんと同じように、聴力による吸収力が半端じゃなかった。
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余談だが、この仲間には女性を褒めることが得意な人が多かった。
「よくそんな、歯の浮くような台詞が言えますねー」といえば
「だってオレらそっちの顔見えへんからなー。そっちが照れようが怒ろうがオレは恥ずかしくもなんともないねん」
なぁんて、切り替えされてしまう。 もう、なんでも笑いのネタにしてしまう。達人の集まりだった。

五感をなんの違和感もなく使っている自分が、こんなことを言ったら失礼かもしれない。
けれど、何の躊躇いもなしに五感を使って生活している自分にとって、
あの秀でた「感覚」の素晴らしさが、とてつもなく羨ましくなることがある。

その影には、きっと計り知れない苦労や努力もあることだろうが・・・、
私はただただ、純粋に、感動するのだ。 情けなどが頭をよぎる暇など無く。


Nさんはじめ,
数人の友達のことを書いた投稿を、新聞に載せていただいたことがある。
以下、2003年11月26日付の佐賀新聞より。

マラソンが大好きなN先生は生まれつき目が見えない。
京都にいたころに点訳教室で出会って以来、九年ほどの付き合いになる。
私が帰佐してからはメールで近況報告をし合っている。
N先生のパソコンはメールを音読してくれるので、やりとりには何ら障害はない。
そのN先生に最近、彼女ができた。私の友人Yさんだ。
十月の三連休、N先生とYさんに会いに関西に行った。
大好きな二人が並んでほほ笑んでいることがすごくうれしかった。

東京に住むHさんは、車いす生活を始めて十五年が過ぎた。
Hさんとも京都で知り合い、七年前の夏には佐賀まで遊びに来てくれた。
Hさんが使っていた電動車いすは少し大きくて、ドアが両開きの電車でなければ乗り降りができない。
当時、九州ではまだ片開きの電車が多く、博多駅に問い合わせて、車両の型をすべて聞き出す作業が必要だった。ようやく来佐してくれた日はあいにくの雨。佐賀駅周辺の歩行者道路は凸凹が多く、傘を持って通行するのは困難だった。それでも「佐賀に来られて良かったよ」とほほ笑んでくれたHさんを前に、私は当時の、佐賀の不便さを恥じた。

三重のKちゃんは今年六月に車いすの彼と結婚。結婚前に単身で佐賀に遊びに来てくれた。幸せそうな笑顔に私までニヤけてしまった。次回はぜひ、車いすのだんなさまと来てほしい。その時は、大好きな私の故郷、佐賀の魅力をいっぱい見せてあげたいと思っている。

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この投稿をしてから、約5年半。
「愛するふるさとを、いかなる誰もが気持ちよく訪れられるような場所にしたい」という想いは全く変わっていない。
昨夜の三樹ミーティングでは、こんなことを述べた。
「なんらかの理由で三樹を歩いて参られないって人達にも、この魅力を伝えられるような道しるべマップを作りたい」

そのために自分も本気で動くつもりだし、周囲から本気で学んでいくつもり。
そこで私は「埋もれたお話発掘担当」に立候補した。じっくりと学びながら、発信してゆこうと思う。
それぞれに三樹への想いをあたためている市民を、繋ぐ。 そのために、発掘担当。 

これまで、この三本の大楠に関わってきた人たち。
歴史的文献を書いた人、周囲の整備にあたった人、看板を書いた小学生、三樹参りを続けてきた人・・・。
過去から現在の中で励んだ人たち。そして今この時代に色んな想いを込めながら活動をしている人たち。

足腰が弱って家の中にじっとしておられる、ブログなんて言葉からはかけ離れた世代の人たちにも、
三樹につながる思い出話が、まるで宝箱のようにあふれているはず。 

そんな、いろんな、色んな想いを発掘していきたいから。 
そして、まぁるい地球の形のように繋げていきたいから。


行動は、一歩、一歩足元を固めながらの活動に。』 by imakoko師匠

まずは動かないと知ることはできない。でも急ぐことはない』 by かいぼー師匠

『毎日5ミリ成長の、みずぽんです!』 by わたし (笑)


足元にしっかりと根がはっていないままの「ブランド評判」は、要らない。
樹齢三千年の大楠に学ぶのだもの・・・じっくり、じっくりいこう。 一歩ずつ、一歩ずつ。
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by mizzypon | 2009-06-10 11:46


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