佐賀新聞「きょうの言葉」より

前々より関心が強かった活動に、今月から本格的にかかわりをもつようになった。
とはいえこの活動に向かう人たちの想いはとても、とても深い。

いや、どんな活動であれ、誰だって一生懸命なことに大差はない。
けれども、この活動が生まれるに至ったことそのものが、とても大きくて、とても深いものだから。
じっくりと、じっくりと暖めながら、未来につながる活動にしていきたいと思っている。

私の長所でもあり、短所でもある「なんにでも一生懸命」は
どうかすると他人を巻き込むだけ巻き込んで、結果的に周囲に迷惑をかけてしまうことも。
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言葉を変えるなら・・自分はよかれと思った行動が実は「ありがた迷惑」だったことも、きっとある。
30代半ばに近づき、、ようやくそういう自分が少しずつ分かり始めた。

興味あることすべてに、まずは飛びついてかじってみるのが私の癖だったけれど、
最近は一応(それでもまだ、あくまで「一応」?)、一呼吸おいて考えてみるようになった。

自分自身で済むことも、相手あってのことも。
「本当に必要なことなのかどうか」
「自分がやるべきことなのか、どうか」

そういう気持ちを行き来しつつ・・
それでも今回の取り組みに対しては「やはり、やるべきことだ」という気持ちに落ち着いた。

自分の中の、新しい取り組み。 
一人では微々たる力にしかならないけれど、実り多き確信のある、うれしい取り組み。

桜が満開の頃に文書を作り、新緑の若葉がまぶしい季節にスタート。 とても清々しい。
木々が枝葉をじっくりとのばしていくように、
人々の輪がゆっくりと、そして確実に広がっていくことを願いつつ、一歩ずつ進んでいきたい。


そんな中、今日の朝刊でこの言葉を見つけた。

『事を起こすときは、義があるのかないのか
 をしっかりと自分で確かめなければだめだ』


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さっそく、切り取って手帳に貼った。
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by mizzypon | 2009-04-30 09:29


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